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「観音様に差し上げます、三億円の当たりくじ」

「おい……。お母ちゃん。お母ちゃん」
 去年の春に嫁いだ娘、聡美(さとみ)の部屋で眠っていたはずの夫がリビング脇の和室に、大の字で眠っている碧(みどり)の肩を揺すった。
「はっ。お父ちゃん、どないしたんやさ」
「聡美(さとみ)の部屋にオカマの幽霊が居(お)るんや。ちょっと一緒に来てくれへんか?」       
「へぇ―。オカマの幽霊? おうてみたいわ」 
 目覚めの悪い碧(みどり)は、枕元の水を少し飲み、家中の電気のスイッチをオンにした。
 彼女は口では強がってみたものの、内心では不安がじわじわと押し寄せていた。           
 二人は息を押し殺して聡美(さとみ)の部屋の前に立っていた。そっとドァに耳を付けみた。
「ええかお父ちゃん。開けるで……」と、碧(みどり)は小声で言うと、夫は眼を瞑(つぶ)り碧(みどり)の手を二度強く握り合図した。碧(みどり)は静かにドァノブを握ると、勢いよくドァを開いた。透(す)かさず、夫は室内の灯りを点けた。
 二人は眼の前に、広がる光景に息を呑んだ。
「お父ちゃん! これ、現実なん? オカマの幽霊では無しに観音さんが、大鼾(おおいびき)をかいて寝てはるわ……。これなんでなん?」
「オ、オレの耳元で、おねぇ言葉でペチャクチャ喋っていたのは観音さんかいなぁ…」    二人は、へなへなと廊下にへたり込む。
 突然、大鼾(おおいびき)の観音さんが飛び起きた。
「ヒャー。どないしょう‼ 此処どこやろ?こないゆっくり寝たのは初めてです。腰はギックリ腰やし、四本の手は腱鞘炎(けんしょうえん)なんよ」と言いながらベッドに座り直した。
 観音さんは碧(みどり)の夫をうっとりと見詰めながら「お兄さん、うちのタイプやわ。アカン、アカン。うちの用事は碧(みどり)さんにあるさかい。すまへんがお休みやす」と言い、夫の額に指で押すと、夫はコロリと横に為り、眠った。
 観音さんは、ベッドから立ち上がり、碧(みどり)の前に正座した。すると彼女も座り直した。
「ご主人には害はありません。さて、本題に入ります。私は京都市東山に有ります三十三間堂の十一面(じゅういちめん)千手(せんじゅ)千眼(せんがん)観世音(かんぜおん)菩薩(ぼさつ)の第三百三十号尊(そん)です。貴女は森野(もりの)碧(みどり)ですね。貴女が私の手にのせてくれたはった宝籤(たからくじ)を覚えてはりまか? あれは三億円当たっていましたで、阿弥陀様はじめ仏像さん方は大層お喜びです。お礼にうちが来たんです。今年こそお化粧直しが出来出来ますねん。心から感謝します」
「えっ。ほんまですか?」と震えながら碧(みどり)は言った。そして彼女は気絶した。
「あらまぁ、気絶しまいました。無理もありませんわな。おおきに。ほんまにおおきに。それでは失礼致します。朝になりはったら二人共、目が覚めるでしょう」観音さんは碧(みどり)の寝顔のそっと触れて静かに消えて行った。

 一ヶ月前に亡くなった父から貰った一枚の宝籤(たからくじ)であった。
 三十三間堂に、よくお参りした父と私。
 彼の成仏(じょうぶつ)を願いお参りした時、碧はバックの宝籤(たからくじ)を思い出し、傍の観音さんの手に置いたのであった。
翌朝、満天の空に碧(みどり)は合掌すると父の笑顔が浮かんだ。
「碧(みどり)!お父ちゃんの願いを叶えてくれて、おおきに有りがとうなぁ」と父が言った様な気がした碧(みどり)であった。

-fin-

2013年6月課題

『ゆるキャラ、仏像など』をテーマにフィクションを書く。

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