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おもかる地蔵さんのご利益

 久振りに町に出ると、京都四条通りの高島屋の玄関口で、北海道から修学旅行に来たという女子高生グループに呼び止められた。
「自主神社に水かけ地蔵というのがありますか? 縁結びですよねぇ」と、一番背の高い女の子が笑顔で私に尋ねた。
「はい。ありますよ。皆でお願いしはるの」
 私は笑いながら少女達の顔を見て言うと、「わぁー」と顔を手で隠し彼女らは、頬を染めて、恥ずかしそうに笑い出す。
 その中で、真剣な眼差しのお下げ髪の少女が私に話しかけてきた。      「うちのお姉ちゃんです。今年二十七歳の看護師です。やっと合コンで彼氏が出来たので、お母さんが縁結びで評判の自主神社の水かけ地蔵にお参りをして来てと……。ほんとに叶いますか?」と、左側のお下げのゴムを弄(いじ)りながら女子高生は、私の顔を覗き込んだ。
「そうか、そんなら自主神社のお地蔵さんに、心をこめてお参りしはったら、きっとお地蔵さんに、貴女の思いが届きはるわ。自主神社の行き方は知ってはる?」
「はい。ありがとうございます」
 笑顔の少女達の声は揃い、ピョコンと五つの頭(こうべ)がお辞儀をした彼女らと、別れを告げた。地上に溢れる観光客を避け、地下の阪急電車乗り場付近のコヒーショプに飛び込み、アイスコ-ヒーで一服する私であった。
 二口目のアイスコヒーを飲んだ時、私の想い出の中から、顔の見えないお地蔵さんが飛び出してきた。
 顔のないお地蔵様は郷ノ原観音祖聖(そしょう)大寺(だいじ)の『おもかる地蔵』だ。
 私が二十歳を迎えた日に祖母が言った。
「かよ、お見合いをお願いしておるけ、恋愛はご法度よ」
 祖母、伯父、伯母は、両親の離婚で私が幸せになるのはお嫁に行くことだと考えた。
 祖母は老人会の人から福岡県粕屋郡篠栗町の「縁結びの寺 高野山真言宗 篠栗霊場八十五番 郷ノ原観音祖聖(そしよう)大寺(だいじ)」にお参りすると縁談が旨くいくと聞いた。
 それは、『おもかる地蔵』のことであった。一心に願をかけ、一度かかえる。二度目に軽くなると成就(じょうじゅ)するという。
 伯父の親友の紹介で初めてのお見合いをした。相手はエリート銀行員であった。
 そのあくる朝、祖母と伯母はいそいそと早朝に『おもかる地蔵』を抱えに行き「軽かったよ」と二人して機嫌よく帰宅したが伯父の電話で、伯母が塞(ふさ)ぎこんだ。何故なら、見合い相手に彼女がいたと発覚した。
 私の何度も見合いするが成就(じょうじゅ)しなかった。 
 八回目の見合いの話が持ち込まれると、早朝に伯父の車に三人は飛び乗り『おもかる地蔵』を抱えに行ってくれた。
 私は、八回目のお見合いで、『おもかる地蔵』の御利益を頂いた。
 『おもかる地蔵』を八回も抱えに出かけてくれた祖母、伯父夫婦に心から感謝している私である。

-fin-

2013年11月課題

『動かないもの』をテーマにエッセイを書く。

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