みどりは自分の疲れた体と気持ちを休すませるため、認知症の姑を介護ホームのショートステイに、二週間ほど入所させた。
　介護ホームの入口近くのベンチに腰を掛けて、「はっー」と溜息(ためいき)を吐(つ)く。
　仕事に託(かこつ)けて、女に会いに行く夫。独立して実家に寄り付かない二人の息子。そして認知症の姑。『ああ、死にたい』と、みどりは心で叫んだ。

　突然、小鳥たちの囀(さえず)が消え失せると、『テケテケテケ』とエレクトリックギターの大音響がした。アメリカのインストゥメンタルバンドである『ザ、ベンチャーズのダイヤモンドヘッド』が流れた。
　みどりは不安げに空を見あげた。
　すると、今度は真赤なボックスカーが、空から旋回して下りてきた。
　ボックスカーの中では、みどりの高校の同級生で親友の良子が、車窓から覗いていた。
　みどりの姿を見て驚いた良子は、急いで車から飛び出した。その光景を目にしたみどり。
　度肝(どぎも)を抜いた彼女は「あっ、良子まさか。死んだはずの良子⁈」と呟いた。
　恐る恐る彼女は赤いボックスカーに近づくと車に描かれている、憧れのアイドルグループのペイントに釘付けになった。
　高校時代の憧れのアイドルグループ『ユニコーンボーイズ５』を真似て、良子らと『クレイジーガールズ５』を作り、みどりはボーカルとして活躍していた。ちなみに、良子はベースだった。　　　　　　　　　　　
「懐かしいやろ！　『ユニコーンボーイズ５』は、私達のアイドルやった。『旅に出よう』は、うちらよう、歌ったなぁ。みどり！　なんで、あんたここに、いてはるの？」と、不思議そうに良子は訊ねた。
　良子は懐かしさのあまり、思わずみどりを抱きしめた。すると、みどりの心の痛みを読み取った。みどりは良子の冷たい体を擦(さす)り(り)ながら「うちも死にたい」と泣き出した。　
　良子はみどりの体を突き放して、怒鳴りつけた。
「よう言わぁ。夫の浮気。姑の介護ぐらいで死にたいとは贅沢やで！　うちは、してやりとうても、できひん！　生きることは素晴らしことや。あんたの歌は今でもいける！　あんたは絶対音感あるんやで。わぁ、この世にいられるタイムリミットや。ええか、頑張ってみ！　うちは応援してるで」と、力強く言い残すと、良子の乗った赤いボックスカーは満天の空に吸い込まれて行った。
　
　みどりはうつろ眼でぼんやりしていると、初老のお巡りさんが「奥さん、大丈夫ですか」と言う。みどりは「私は生きていますか」と彼に問う。お巡りさんは笑顔で「生きてはるで」と言う。
　彼はみどりの足元の紙切れを拾った。紙切れの中を覗きこむと「えっ、これは『ユニコーンボーイズ５』ですやん。あの頃、桜女子高に『クレイジーガールズ５』と言うグループがおって、ユニコーンの真似をして歌っておったなぁ。そのボーカルの子は物凄く歌がうまかった」と、笑顔でお巡りさんは言った。
　彼の想い出の中に『クレイジーガールズ』の存在があり、そのうえに、みどりの歌の上手さを知ってくれていた。みどりは嬉しかった。
　お巡りさんが立ち去ったあと、みどりが天空を見上げると、そこには笑みを浮かべた良子がいた。

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-fin-

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2013年12月課題

大阪デザイナー専門学校の生徒さんが描いてくださったユニコーンのイラストを見て、フィクションを書く。