告白
1970年4月3日とラベルに書かれた白ワインが一本、我が家に届いた。
その白ワインのラベルに書かれてあるのは亡き夫の誕生日であった。きっと姑がデパートで見っけたのだろう。と思うが、宛名書きは間違えなく私宛である。しかし送り主の欄は空欄となっていた。それが薄気味(うすきみ)悪かった。
それから私は上(あ)がり框(かまち)で、ワインを取り出し空き箱に触っていると、箱の底に二枚に折り曲げた厚紙があった。その厚紙を静かに取り出すと、厚紙の間には茶色の封筒が挟み込まれていた。表の宛名書きは、『みどりさま』と見覚えのある字を見ると、当惑する私の心が少し安堵したが、突然、ワインを石畳に落してしまった。
割れたワインをそのままにした。
『真理子 平成二十四年二月三日』と裏には震える字で書いてあった。
私は上(あ)がり框(かまち)にへたり込み、二年前に脳腫瘍で他界した姑からの手紙を静かに開封した。
みどりさん。私は正夫の母として、心からお詫び致します。どんなに謝っても許して頂くことは出来ないと思います。
今のあの子の腹の底には魑魅(ちみ)魍魎(もうりょう)が住み着いています。それを目覚めさせたのは、千蔵病院の看護師長の矢野泉です。この女が唆(そそのか)したので我息子は、貴女の父上が築き上げた千蔵病院を、食い物しようと目論(もくろ)んだことを知り、戦(おのの)く私でした。
貴女を地獄の苦しみを味あわせた息子の正夫と愛人である山下泉は、私が決着を付けます。先(ま)ず始めは、矢野泉でした。早朝、鳥兜(とりかぶと)の球根を買いに、隣町に行こうと思い、早起きをして地下鉄に急ぐと、ホームで偶然に彼女に出会いました。
彼女は寒さのあまり貧乏揺すりをして、じっと線路を見詰め、落ち着き無く煙草を吹かしておりました。私は今がチャンスと思い、辺りの事故防止カメラを探しました。丁度死角の場所に彼女が立っていました。電車の先端のライトが見えた瞬間に、私は彼女を線路内に突き落としました。落ちながら振り返った彼女は、寂しく笑った様に見えました。今でも、その顔が脳裏から離れません。それと電車の急ブレ―キの音が、耳に残り私を悩ませています。
次は息子にこの毒入りワインを飲ませて。
姑の手紙はここで終わっていた。
彼女はこの頃から脳腫瘍を病んで精神的に不安定になって鳥兜(とりかぶと)を入れたと思い込んだのだ。
泉が自殺と知ると、姑は静かに永眠した。
夫の正夫は姑の逮夜(たいや)明けに、院長回診中、廊下で転び頭を強打して亡くなった。
私は夫の葬儀後、夫と姑の二人の遺骨を裏庭の紫陽花の根元に埋めた。
今年の紫陽花は真赤に染まって見事であった。
-fin-
2014年2月課題
『生まれ年に作られた飲み物』をテーマにフィクションを書く。